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【第二回】映画「バットマン」のヴィランたち

第二回は「バットマン フォーエヴァー」の悪役について。
バットマンシリーズの方向性をファミリー層向けに変え、キャストを一新したジョエル・シュマッカー監督の「フォーエヴァー」。バットマンの悲劇的な過去や狂気的な悪役といったダークな要素は残しつつも、よりファミリー層向けの明るい作風となった。

映画本編については、まぁ嫌いではないけど…って感じ。前作「リターンズ」の悲劇の悪党ペンギンや前々作「バットマン」の互いが互いを生み出してしまった負の連鎖関係にあるバットマンとジョーカーというようなダークなゆえに心躍る作風を離れてしまったのが非常に惜しく感じられる作品。
とはいえ興行的には成功したようなのでこれはこれで当時求められていたバットマン映画の一つではあるのだろうけど。

・トゥーフェイス(トミー・リー・ジョーンズ)
 /バットマン フォーエヴァー - 1995年
c0135432_13223714.jpgトミー・リー・ジョーンズが演じた二面性のカタマリ、トゥーフェイスことハーヴィー・デント。
映画での設定は優秀な地方検事だったデントが、裁判の席で犯罪者によって硫酸を浴びせられて顔に火傷を負い、「運」がすべてを公平に決められるという強迫観念にとらわれ犯罪者となった。このあたりは原作の設定とあまり変わらない。
二面性を持った男トゥーフェイスとしては非常に上手く描かれていたと思う。派手な真っ二つの衣装に始まり、数字の2に関連した犯罪、白と黒の食事、コイントスで決まる行動など二つの真逆の性質を持つ姿はよく描けていた。コインへの執着をバットマンに突かれて敗北するというのも「らしい」最期だ。
反面気になったのは一作目のジョーカーばりの陽気な雰囲気と、バットマンへの恨みの描写の不足という二点。
なぜトゥーフェイスがこれほど愉快なキャラクターになってしまったのか…いやまぁ「ファミリー層向けの明るい作風」に前作のペンギンのような悲劇性はいらなかったのかもしれないが、明るさ担当は後述のリドラー1人に譲ってもよかったのではないかと思わなくもない。
本来は自分やバットマンがいかに悪と戦おうとも結局は自分は顔に大火傷をする羽目になったことで、法や規則よりも「運」こそが公平だと信じるようになってしまった悲しい人物であり、法廷内にいながら自分がこんな姿になるのを助けてくれなかった(実際には間に合わなかった)バットマンを恨んでいるという犯罪の動機もバットマンへの執着も非常に重苦しいキャラクターであるはずのトゥーフェイス。
映画全体の色のために陽気なキャラクターに変更したのはわからなくはないが、彼が運を信じるようになった経緯が簡単にしか説明されなかったり、バットマンを単なる自分の邪魔者として排除したがっているようにすら見える言動はトゥーフェイスという悲劇の犯罪者の最大の魅力を殺しているように思えてならない。

・リドラー(ジム・キャリー)
 /バットマン フォーエヴァー - 1995年
c0135432_13411565.jpgコメディ俳優の大御所、ジム・キャリーが演じた「ナゾの男」リドラー。この男を見事演じきったジム・キャリーの演技力は素晴らしいの一言に尽きる。
映画での設定はウェイン社で働く下っ端研究員のエドワード・ニグマが自身の研究である「BOX(脳波をいじって立体映像を見せる装置)」を倫理的な問題があるとして社長のブルースが認めてくれなかったことを恨み、密かに研究をつづけた副産物として他人の知能を奪う力を手に入れたというキャラクター。
原作では彼が犯罪に走った経緯が詳細に描かれたことはないため、このリドラーの設定は映画オリジナルのものだが、エドワード・ニグマという男としてもリドラーとしても非常によく描かれていると思う。
はじめは狂気的ながらも一般市民だったニグマが、敬愛していたブルースに見放され(まぁあの態度じゃ仕方ないけど)、裏切られたと逆恨みする場面があるが、ジム・キャリーの表情の変化が素晴らしい。一人の研究員の野望に燃える瞳が、尊敬する男に認められなかった絶望に塗り替えられる様子が強烈に伝わってくる。
リドラーとなってからの"?"ステッキの扱いやくねくねしたコミカルな動きも「この」リドラーにはよく似合っているし、前述の通りブルースへの失望からウェイン社とブルースに強い対抗意識を燃やす様子も描けているので悪役としての厚みも上々。
気になる点としては、彼のナゾナゾへの執着があくまでもリドラーになってから身についたように描かれている点。一応ウェイン社の研究員を辞める際にもナゾナゾを残してはいるが、その時点で既に彼はほとんどリドラーである。彼の存在のカギであるナゾナゾへの執着が他人の脳波を吸収した結果生まれた後天的なものであるというのはややインパクトに欠ける気がしないでもない。
また上で「この」リドラーと書いたように、原作通りのキャラかというと微妙であるように思う。個人的にこういうキャラクターは好きだしリドラーに強い思い入れもなかったのでさほど違和感はなかったが、あくまでもこれはジム・キャリー版リドラーであり、バットマンシリーズ本来の彼とはやや趣が異なるように思う。


第二回は以上。
さて、次回はいよいよ問題作「バットマン&ロビン」の悪役に言及していくことになるかな。
フォーエヴァーまでは、決して悪くない出来だったんだけど、ね…。
ではまた次回。

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by DLMN | 2014-05-04 14:06 | 映画
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